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報知新聞より許可が得られましたので、転載します。その1です。
出典は、スポーツ報知大阪版2009年1月29日です。
■阿波人形浄瑠璃の伝統を守る精鋭9人…徳島城北高民芸部■
阿波人形浄瑠璃の伝統を守る! 徳島市街にある徳島県立城北高の民芸部の1年生9人が、3月1日の卒業式後に開催される「卒業祝賀公演」に向けてけいこに励んでいる。部員2人からスタートしたこの1年間。人形を使った演目ができる喜びにあふれるメンバーは、おめでたい演目「寿式三番叟」(ことぶきしきさんばそう)で卒業生の門出を祝う。(敬称略)
畳敷きの升席が64席もある本格的な芝居小屋。1965年に同校の敷地内に創設された白壁造りの人形会館に、三味線と語りの声が響く。
皇太子時代の現在の天皇皇后両陛下が、71年に同校で開催された国民体育大会の剣道を視察。その時に阿波人形浄瑠璃も鑑賞されたという。翌年にはロンドン・パリ公演など海外公演も経験し、慰問公演など多くの場で活躍。そんな輝かしい実績を持つ民芸部が、存続の危機に立たされたのは昨年の4月だった。
3年生が受験勉強のため卒部。地元の伝統芸能でも、最近の若者には敷居が高いのか、現在2年生の入部はゼロ。新入生で入部を希望したのは「11歳から篠笛(しのぶえ=竹製の和楽器)を習っていて、発表会で見た弦楽器に興味があった」岡田華果と「歌がうまくなるよって誘われた」という放送部など4部を掛け持ちしている宮崎彩のわずか2人だった。
ようやく光が差したのは2か月後。「宮崎さんに誘われて見学に来たらとても楽しそうで、太夫で声をいっぱい出せるのも気持ちがいい」と高橋恵瑠が入部。9月の城北祭では素浄瑠璃(人形なしの太夫と三味線だけの舞台)を上演した。
「この3人が仲間を連れてきてくれました」とOBで顧問の稲岡達也教諭(38)。6人の新メンバーが加わり、3月1日の「卒業祝賀公演」で「寿式三番叟」の上演が決定。岡田は「人形を使う公演ができるのが本当にうれしい」と声を弾ませた。
入部者が最初に体験するのは、重さ約2キロの鉄の棒を左手に持ち、ひじを肩の高さに上げてキープするタイムトライアルだ。首と右手を担当する主遣い(おもづかい)は、人形の重さプラス衣装、そして脚を操る足遣いが引っ張る力にも耐えなければいけない。この基礎訓練に、昨年11月に入部したばかりの主遣い・鹿児島愛香は「100秒が限界。足にゲタ(高さ約30センチ)も履くので、激しい動きの三番叟はちょっと怖いです」と本音ものぞかせた。
現在も阿波人形浄瑠璃研究会青年座で活動するOBの鎌田尚さん(54)は「私たちのころは月曜から土曜まで毎日けいこ。楽譜はないので、太夫のけいこは師匠の語りを手本にマネをすることが基本。テープにとって聞くこともありました」と振り返る。当時は部員も50人ほど。「寿式三番叟」「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」「傾城阿波の鳴門 十郎兵衛住処の段」の演目などを上演し、半世紀にわたり輝かしい伝統を刻んできた。
今は、火曜日と木曜日の放課後がけいこ。OBの指導を受ける少数精鋭の民芸部54期生9人が、それぞれの晴れ舞台を待つ。
◆人形浄瑠璃(文楽) 首と右手を担当する「主遣い(おもづかい)」、左手を担当する「左遣い」、脚担当の「足遣い」の3人で1体の人形を操る。さらに三味線と語り担当の太夫。ほかに幕引きや拍子木などの裏方を含め、1演目の上演に最低9人が必要。徳島の阿波人形浄瑠璃、兵庫・淡路島の「淡路人形浄瑠璃」は学校のクラブ活動としても盛ん。03年に「人形浄瑠璃文楽」として世界無形遺産に指定された。
◆徳島県立城北高校(徳島市北田宮)1941年、徳島県立渭城中学校設立認可。48年学制改革により徳島県立徳島第二高校へ。49年に徳島県城北高校に改名し商業過程を設けるが、52年に徳島県徳島商業高校と分離。56年から現校名。生徒数は995人(うち女子482人)。民芸部は56年創部。女子バスケットボール部、射撃部も全国レベル。主な卒業生に俳優の大杉漣、文楽座技芸員・吉田勘緑ら。
(写真)学校敷地内に建つ公演場所兼けいこ場の人形会館
http://hochi.yomiuri.co.jp/osaka/
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