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[5] 大黒屋光太夫

投稿者: すぎやま 投稿日:2015年11月20日(金)17時34分59秒 ctngya133147.ct.ftth.ppp.infoweb.ne.jp  通報   返信・引用

三重県鈴鹿市 若松小学校に金次郎像を訪ねたら、台座はかつて金次郎像が載っていたと思われるが、
金次郎像では無く石の座像がありました。
江戸時代 天明二年(1782年)伊勢白子から江戸に向かって出航した船が遭難し、漂流後ロシアに渡り
10年後帰国した「大黒屋光太夫」の像でした。
光太夫の出身地が鈴鹿市若松だったことから、昭和42年地元の若松小学校に設置されたもの。
大黒屋光太夫に関しては、遭難・漂流の末10年に亘るロシア放浪の末故国にたどり着いた顛末を
描いた長編歴史小説 井上靖「おろしや国酔夢譚」で紹介されている。
台座には「皇紀二千六百年記念」「昭和15年二月十一日」「寄贈者 若松村女子青年団」とあり
台座の上の跡からおそらく石像の金次郎像があったと思われる。
その後、何かの理由で金次郎像がなくなり、あとに光太夫像が昭和42年に設置されたようだ。
時々台座だけ利用して他の像を設置したところがあるが、実在の具体的な像が載ってるのは珍しい。
若松小学校の前に「大黒屋光太夫記念館」があるが、館の前にある像は、小学校の像とはまるで違う
姿なのだが、光太夫の絵は少なく実際の姿はまったくわからないようだ。
明治35年出版の 蘭学者大槻玄沢が主催する芝蘭堂の新年会で帰国した翌年寛政6年の様子を描いた絵に
でている光太夫の姿が若松小学校の像の元だと思われる。
光太夫の背中に寄付者名が刻まれている。「中條信男」他3名の連名。


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